生物学・科学に関する雑感。

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2006年04月09日

がんばれカミナリ竜

がんばれカミナリ竜〈上・下〉
進化生物学と去りゆく生きものたち
スティーヴン・ジェイ グールド (著), 広野 喜幸, 松本 文雄, 石橋 百枝 (翻訳)
早川書房 ; ISBN: 415207969X, 4152079703
ganbarekaminariryu.jpg

グールドのエッセイシリーズの第6作。いままで読んだ中では、シリーズ中で最もお薦めです。

第4章「テクノロジーにおけるパンダの親指」ではタイプライターの文字の配列(現在我々が使っているパソコンのキーボードも未だに同じ!)の起源と、不合理なQWERTY式配列がなぜ生き残ったのかを論じていますが、これは「歴史という複雑な小道をたどってきた多くの生物や生態系には最適なデザインなどありえない」ということの例えでもあります。生物における例はシリーズ第2作「パンダの親指」で詳しく述べられています。

また、この本のメインである第5章「がんばれブロントサウルス」では学名の命名法の正しい適用によって、愛すべき恐竜「ブロントサウルス(かみなりのトカゲという意味)」が「アパトサウルス(サギ師トカゲ)」に変えられてしまった経緯と、命名規約における名称の安定性、先取権、強権発動などについて述べています。

他にも、異常に大きいキーウィの卵サイズとアロメトリーの進化について論じた第7章「キーウィの卵と自由の鐘」、生物の隠蔽色の理論を提唱した画家アボット・セアの功績と失敗について書いた第14章「夕日に赤い翼」など、すばらしいエッセイのオンパレード。(どうしたらこんなに面白い話が書けるんだろうか。)

個人的には、大学院のころの研究室の先輩方が本書の翻訳に関わっておられるのも感慨深いです。
posted by シロハラクイナ at 00:25| ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 書籍(翻訳もの) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私も昔、この本を読んだのですが、『テクノロジーにおけるパンダの親指』のところは全く納得がいきませんでした。一例を挙げると、1888年に「ロングリー女史はルイス・トーブの挑戦を受け、みずからの八本指法の優秀さを証明しなければならなくなった」(p.91)とこの本には書かれているのですが、これは完全な事実誤認です。と言うのも、Elizabeth Margaret Vater Longleyは、1885年5月にシンシナティを離れてロサンゼルスに移り住んでおり、その際にLongley's Short-Hand & Type Writer Instituteの経営を、弟子の一人Louis Traubに託しているからです。なお、私のページでQWERTY配列に関する論文や考察を公開していますので、よければごらん下さい。
Posted by 安岡孝一 at 2006年04月09日 17:05
ご指摘ありがとうございます。ご専門の方にコメントを頂けるとは、恐縮してしまいます。

グールドの調べの細かさは凄いと勝手に思っていたのですが、だいぶアラがあるようですね…。この場合は、そもそも対決者の名前が逆転してしまっているということでしょうか。断片的な情報から適当にストーリーを作った結果、こうなったのでしょうか。

皆様、正確なQWERTY配列の歴史については、安岡先生のページをご覧ください m(_ _)m
Posted by シロハラクイナ at 2006年04月10日 12:34
そもそもLouis Traubの名を「Taub」とミスってしまってる時点で、Gouldが当時の新聞を一つも見てないのは、明白なんですけどね。というのも、このミスは元々Bruce Bliven, Jr.の『The Wonderful Writing Machine』(Random House, New York, 1954)にあったもので、この本を孫引き(あるいは曾孫引き)してる文章は、皆、このミスをひきずってるんですよ。ちなみに、このネタに関して『1888年7月25日のタイピング・コンテスト』っていう文章をhttp://slashdot.jp/~yasuoka/journal/352505 に書いてみましたので、よければまたごらん下さい。
Posted by 安岡孝一 at 2006年04月12日 18:18
なるほど…。原典にあたることの重要性は、グールドもエッセイの中で度々述べているんですけどね…(^ ^;)。

しかし、コンピューターのキーボードが未だにQWERTY配列ってのはどうなんですかね?(他のタイプの配列があっても、もう自分はそちらに移れないですけれど、)非合理的な配列は何か大きなきっかけがあれば合理的なものに取って代わるのではないでしょうか。キーボード自体がずっと存続するのかも、興味深い問題です。少なくとも、タッチペンに取って代わられることはないでしょうけれど。。
Posted by シロハラクイナ at 2006年04月12日 23:42
安岡孝一先生は2011年の連載記事中で McGurrinと試合時のTraubがタッチタイピストであったとする先生の2005年頃来の説を修正して サイトメソッドであったことを(大文字について)お認めなさいました。
http://slashdot.jp/~yasuoka/journal/352505 の記述にも 一部変更を要すると思われます。
http://slashdot.jp/journal/560608

Posted by raycy at 2012年12月28日 08:55
コメントありがとうございます。今後とも、私の書いた内容に間違いがありましたらご指摘いただけるとありがたいです。
Posted by シロハラクイナ at 2012年12月28日 09:30
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