生物学・科学に関する雑感。

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2009年01月14日

ニワトリの歯

ニワトリの歯―進化論の新地平〈下〉 (ハヤカワ文庫NF) (文庫)
Stephen Jay Gould (原著), 渡辺 政隆 (翻訳), 三中 信宏 (翻訳)
文庫: 326ページ
出版社: 早川書房 (1997/11)
ISBN-10: 415050220X
ISBN-13: 978-4150502201


シマウマが表紙になっているので、下巻のほうにリンクを張りました。グールドのエッセイシリーズ第3作。原著は19871983年*とのことで、さすがに内容は少々古くなってきていますが、それでも十分面白いです。適応主義批判に多くの章が割かれていますが、それも当時の論争の影響なのですね。初めて読んだとき(確かB4かM1くらい)には全く気付きませんでしたが…。

*(leeswijzer先生、ご指摘ありがとうございます。訳者の先生のお手を煩わせてしまった…orz)

下巻の最後に、「シマウマ三部作」として、シマウマ関連のエッセイがまとめられています。特に「シマウマの縞はどうやってできるのか」は大変興味深い仮説を紹介しています。シマウマ好きの人はよくご存知のように(?)、ひとくちにシマウマといっても種によって縞の間隔はだいぶ異なっています。グラントシマウマは幅白い縞で数は少ないですし、グレイビーシマウマは細い縞がたくさんあります。いろいろな動物園をめぐれば、かなりたくさんの種類を見ることができるはずです。(物好きの方は是非。)

Equus_grevyi.jpg

GrantsZebra.jpg

グレービーシマウマ(上)とグラントシマウマ(下)。いずれも英語版wikipediaより。Creative Commons Attribution 2.0, Public domain.

Bard (1977) J.Zool.によれば、種間の縞模様の違いは、胚発生の特定のステージにおいて、縞(またはその位置情報をもつ分子の分布?)が形成されると考えれば、説明がつくのだそうです。いずれの種でも、同じ幅の縞ができるのだけど、その時期が違うのだと。早いステージで形成されると胚は小さいから縞の数は少なく、遅いステージならば大きな胚に多くの縞ができるのだと。ちょっと話ができすぎのような気もするし、実験的に検証されていないので本当にそうかはわかりませんが、エレガントな仮説です。「Developmental Biology」のサイトにわかりやすい解説がありましたのでリンクしておきます。

The Development of Zebra Striping Patterns
posted by シロハラクイナ at 02:00| シカゴ 曇り| Comment(5) | TrackBack(0) | 書籍(翻訳もの) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます.私たちが翻訳に用いたハードカバー版の原書は「1983」年の出版です.もう四半世紀も前のことになりますね.当時この翻訳を手がけはじめたのは博士課程に入ったばかりのころだったと記憶していますが,グールド調に慣れるまでは本当にたいへんでした.
Posted by leeswijzer at 2009年01月14日 05:37
恐縮です!ご指摘ありがとうございます。院生の頃にすでに翻訳をされていたのですか…!この量と質からですから、すごいですね…。
Posted by シロハラクイナ at 2009年01月14日 11:15
縞の形成のタイミングの違いによる差異の説明は至近因の説明ですよね。ではなぜそのような差異ができたのか(つまり縞の幅の違いは適応か適応ではないか)という究極因はまた別ですが、グールドはあまりこの二つの要因を区別していなかったように思います。
彼が批判するタイプのずさんな適応主義者なら、縞の違いは適応だと検証無しで言うでしょうし、グールドのタイプの反適応主義者は検証無しで「いや、単なる偶然だ」と述べるように思います。でも、どちらの推測にせよ検証は必要ですよね。問題は適応主義かそうでないかではなくて、個別の議論ごとに検証しているかしていないか、検証の妥当性はどうか、だと思うんですが、グールドはこのあたりの区別もハッキリさせずに批判していましたね。縞の適応価なんかですと実際に確かめるのは相当大変そうですが...。

ところで先日の体色に関する話題は大変面白かったです。体色はわかりやすく多くの人を引きつけるトピックだと思うんですが、あまり邦訳書が出ないのが残念です。
Posted by mapipi at 2009年01月14日 15:10
コメントありがとうございます。縞の幅の違いが適応的か、そうでないか、ですか…。それは質問が高度すぎるために(答えられそうもないから)念頭に置かれていない、あるいは意図的に無視しているのではないかと思います。現状では、そもそも、シマウマの縞の存在自体が、適応的かそうでないか、議論されているレベルですから。種間の縞の違いに、適応的な意味があると考える研究者は、はたしてどれくらいいるのか…私の勝手な推測では、あまり多くないのでは、と思います。グールドはもちろん、適応的な意味はないと考えるだろうと思います。
おっしゃるとおり、至近要因と究極要因は分離して考えることも可能で、それぞれにいくつかの可能性があって、さらにそれらの組み合わせがあると思います。仮に仮説どおりに縞の違いをもたらしているのが、縞形成のタイミングの違いによるものだったとして(至近要因の一つの可能性:未検証)、そのタイミングの違いが、縞の幅に対する淘汰の結果か、何らかの発生上の性質に関する淘汰の副産物か、はたまた偶然生じたものか(究極要因のいくつかの可能性:もちろん未検証)。
そういうわけで、この章に関しては、適応主義批判、ということでもないように思いました。もっとも、縞の幅の違いに適応的な意味がないことを暗黙のうちに仮定して書いているとすれば、適応主義に懐疑的な姿勢は見せているとも言えるのでしょうけれど。
Posted by シロハラクイナ at 2009年01月15日 05:08
いま読み返してみたところ、
「現生するシマウマ三種の縞模様のパターンに見られる違いについてはこれまでも念入りに記載され、それぞれの適応的意義についてさかんに憶測がめぐらされてきた。しかし、その三つのパターンがどれもみな単一の発生システムの力によって生じたのかもしれないという可能性についてはほとんど問われてこなかった。」
と前置きしてから、Bardの説に触れていました。おっしゃるとおり、究極要因に関する説明を、巧妙に至近要因による説明ですりかえようとしているようにも受け取れます。また、この文脈から、シマウマの種間の縞の幅の違いについて、適応的なものとして説明しようとする研究者が少なからず居たようですね。読み方が足らず、すみませんでした。
グールドは種間の形質の違いについて、適応主義に代わる説明として、発生拘束や異時制などを持ち出してくることが多いですね。適応主義者はそれでも、メカニズム込みで淘汰が働くから、いかなるメカニズムが背後にあろうと最適化されるという主張を続けることも可能ですね。なので、ちゃんと検証すべし、ごもっともです。シマウマでは相当に困難ですから、代わりに小型の動物でなにかできないでしょうか。熱帯魚の「スマトラ」なんかどうかと思うのですが。
Posted by シロハラクイナ at 2009年01月16日 11:08
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